振り向く扇風機に咄嗟に中指を立てそうになった。
そばに僕の窮屈になったパンツをハサミで切り裂く母が居たのでやめた。
未だ初夏のどうしても暑くて眠れない、ぼや~とうだる朝だった。
冷ややかな生温い風を送る扇風機にイラッとしたのである。
朝起きていれば徹夜にしろ、海に行くことになっている。
波はないので目を醒ますためにも板もなしに泳ぐことにした。
海パンとTシャツとサンダルを身に着けて海に戻る。
なにかおもしろいものはないかコーミングしながら砂浜を歩く。
軟式野球ボールが波打ち際の穏やかな丘陵を潮に押されて駆け上がり、泡沫をひいてコロコロ波間に逆戻り。
僕の目の前で汐を繰り返すこいつをやはり、沖へぶん投げてやろうと思ったが、そんな刹那的な児戯で済ませてしまっては、かえって悲しくなるような気がした。
悠久に近いその営みは拾われなければ僕が帰った知らない海で続いて行くのだ。
でも、それはそれで寂しいから拾う。
知らない誰かが僕の代わりに海へぶん投げるために取っておく。
サーフするときにいつも入っているホットポイントのリーフは、今日は誰も居ないけど人の気配がするからやめておく。
丸太から隻腕が伸びた様な枝をもつ流木を立たせて、Tシャツを預かってもらう。
海に入ると身体は解放され、目に見えない心の汚れを剥離し取り除いてくれるようだ。
人間の汚い部分を寛大に受け入れている。たまのおしっこもそうだ。
一通り泳いで疲れたので浜に戻る。十数㍍の防波堤の麓に腰を下ろす。
海か僕か、僕を含めた海を見下ろしている人を見上げ返す。
Tシャツを返してもらいまた砂浜を太陽が降りる方向へ歩く。
どこか異邦の、たぶん中国とかの白い陶瓶を見つけた。
長旅で付いた藻と口元にシロボヤを咥えた粋なやつ。大手柄である。
つづけてコルクに寄生貝がうじゃうじゃ付いたエメラルドグリーンに透き通るワイン瓶を拾った。中に巻き手紙は入っていなかった。
瓶を海に捨てるときは手紙の一つでも入れて放り投げてほしいものだ。
運良くヤシの実も見つけたが抱えきれないので、そこら辺に転がっていたプラ製の、また藻がカモフラージュのように絡みつく白いカゴに入れて持ち帰ることにした。
日光を浴びてほとほとの疲労も抱えて駐車場への階段を登る。
眠気は覚めることなく、照る陽光の助力を得てより重く瞼にのしかかってきた。
さっきの野球ボールは注意看板の上にそっと置いた。
身体全体も鈍重に萎びてきたので、防波堤の縁の上で一休みする。
左耳に海の音、右耳に車の走る音を聴きながら天を仰ぐ。
散歩しに来た犬のパンティングとカップルの黄昏が寄り添う幾ばくかの転寝であった。
なんだか右足のヒラメ筋辺りがこそばゆいので起きてみると、小指の先程の小さなイソガニが行進をすね毛で邪魔されていたようだ。かわいいので苔生した流木に乗せて見てみた。
動かずにじっとしているので、正面から凝視していると飛びだした双眼から睨み返しているみたいだ。眉間の上か頭の上にその目玉より、より小さな石英が一粒乗っかっているのがわかった。こいつも僕と同じく宝物を見つけたのだと想うと歓心だ。
そして僕たちも海を眺めて黄昏れた。
生温い息を湿っぽい潮風で追い出すように深呼吸する。
さて、そろそろ帰るか。今日拾ったものを俯瞰するように眺める。
カニはもう居ない。人間に会ったことを家族に報告しにいったのだろうか。
あがったらアイスでも食べようか、流木たちを胸に抱えてシャワーを浴びる。
あの野球ボールがいつ誰にぶん投げられたのか、僕は露として知らない。
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