© KEITO HARADA

ドイツ紀行 2017

 FKKに行くしかないな。そうなると路銀が足りない、僕は揚々と鶯歌うバニラトラックのケツを、その先のケツもまとめて追いかけ回した。僕が赤線上の守銭奴と化したきっかけは、放逐のお供となる同行の助兵衛根性よろしくな、開口一番の性だっただろうか。今年のフィールドワークはドイツだと相成った所為である。

3ヶ月もたつと、いくら若気に刺激たっぷりドイツ1週間の旅でも、全容はあまり覚えていない。記念すべくメモリアルアートイヤーに相応しき思い出は、あまり期待できない。今になって思い返すことは、他愛もないイメージばかりだ。なので、このタイプにつれてぽろぽろと思い出したことを、ふらふらと書いていこうと思う。


泊まったホテルの名前は全部忘れたが、どこもシャワーの水圧は弱かった。うちの猫のシーシーよりちょろそうなのばっかりだ。でも最後に泊まったベルリンの新しく出来たホテルはそこそこだった気がする。


やはり、ベルリンに来てベルリンの壁を買わずに帰国など誰ができるだろうか。もし、壁を持たずに凱旋したうつけが居たら、私のところへ来なさい。私の壁を磨って粉を分けましょう。1€。途中下車して立ち寄った、なんか豪華な建物の物販で、初めて本当に売っている所を見つけた。同行は「まじで売ってるじゃん、壁!」とやや性に合わず興奮気味であった。色形大小良し悪し様々で、そこでは自分にマッチしたいい壁は見つからなかった。「おっ!これは!」ソシャゲガチャの当たりを予見するナビキャラみたいな声を出しながら、同行がいい壁を見つけた。それは青みのグラデーションが綺麗で大ぶりな壁だった。ほんとだこりゃいい、先を越されたな。俺は焦った。まさか運も甲斐性もなさそうな同行が先に見つけてしまうとは……。焦る俺を尻目に、レジで会計を済ます同行は背中で語った。「俺よりいい壁を手に入れてみろ。」


異国の家庭水は、軟弱な邦人の腹を壊すと言う。それなら代わりに、上水道には金色のシュワシュワを流してくれたらどんなに素敵だろうか。水道水の如く麦酒を腹に注ぎ込む。たまに、貯水した金色のシュワシュワをドロドロのゲロゲロに錬金し、口から下水に零したりする。そんなことが、高尚なビジュツ観賞よりも、良き思い出になりそうだなと思ったりした。 ~ドイツといえばビールですね。因みにドイツのビール消費量は世界第3位で、年間1人当たりの消費量は109リットル!日本は47リットルでランキング圏外です。寧ろビールの為に行かんという頭麦畑な麦人も少なくはなかったのではないでしょうか~ どこのホテルだったかは忘れたが、ホテルの目先のスーパーが早くに閉まってしまったので、住宅街を抜けて少し歩いたところにあったドミノピザを買った日だ。陽が沈み、冷え込む暮れから逃れるように部屋に戻る。ベランダのテーブル&チェアに腰掛け、ビール瓶を片手に、2人で2枚のピザを平らげる。ドイツ初のビールでもないが、何本目でも祝杯を仰いでいる気分だった。階下から酔人の鼻歌が千鳥足でふらふらと登ってくる。夜の帳からはするりと涼風が流れるので、頬の紅葉を乗せた。ゆらゆら揺れるゲージを瓶底まで落とし、赤面は枯れ、寒くなったので部屋に戻って明日の準備と冷えた肢体をベッドに広げる。ことのほか腹にしみた。「明日も早い」「2€返せ」など弛めいているうちに眠る。


星屑が目の前で踊っている。きらびやか無数の青色発光ダイオードが魅せる幻想空間。夢か将又これは、移動遊園地だ。ピザ食ったホテルから数百m先にある広場にて偶然見つけたそこは、ラグビーコート程の面積に外枠を囲むように射的やくじ引きといった屋台(とはいっても日本の細い骨組みに壁面屋根兼用の看板をぶら下げるような簡易なものではなく、まだお店と呼称した方が相応しいような開放的なプレハブのような作り)が並ぶ。アトラクションは2つあり、1つはゴーカートともう1つはこの遊園地の花形でもあろうジェットコースターだ。円卓の周りをウロボロスの様に輪になって繋がるコースターが回転し続けるという、シンプルだがそれ故に無駄のない駆動。電飾にこれでもかと覆い尽くされた機体。前述に、僕らに星屑のダンスを見せてくれたのはこれのことだ。見た目が夜に映えて綺麗なので見惚れていると、いまワンヒート終わったらしいコースターから降りてきた体格逞しいおじさんが、目を回しながら歌舞伎の六方みたいに片足でとっとっと、僕の方へ寄ってきた。そして抱き止まるように僕にしがみつくと、へらへらしたまま明後日の方向へまたとっとっと、よろけていった。新手のスリか、ただのヤベー奴かと思った。ただ見ているだけでは勿体無いので、記念に1回2€とかなので、乗ってみることに。陽気な音楽が流れ始め、ゆっくりと動き出す。緩やかに乱高下する場所もあり、きらきら輝く空間の中で回り続ける。徐々に速度を上げていくコースターに必死に斜に構えてしがみつく。甲高い音でサイレンが鳴った。すると加速度的に回転はぐんと唸りを上げた。帽子が吹き飛び、足元に置いていたバックが今にも振り落とされそうだ。「バッグが、バッグが」嘆く。カメラが入っているので、絶対に飛ばすわけにはいかない。足蹴に踏みつける靴裏からズリズリと遠心力によって徐々に這い出ていく。片手を離しバッグを掴もうとすれば、自らが鰹節のように飛んでいってしまいそうだ。それから幾ばくかのサイレンの後、コースターは止まった。見ていたよりも、よっぽど長い時間回っていたように思えた。完全に舐めていた。ヤベー奴だと勘違いしたおじさんには非礼を詫びる。スピンコースターを後にし、コースターから正面、広場の反対側にはメイン会場として機能するだろうひときわ大きなライブテントが屹立する。中では長テーブルを均等に置いて、ビールやカラフルなカクテルで談笑する人々。奥のステージがDJブースになっており、束になったサーチライトが上から天使の梯子を下ろすように、その前で揚々と踊る市民ダンサーに刺さる。その様子をiPadで動画を撮りながら見ていると、直ぐさま3人組の男たちが目ざとく撮影に気づき、ムービーの主役に躍り出る。デニジャの男が星型のサングラスを同行にかけさせ腕を組み、DJのスピンリズムとディスコテークに蔓延するアウラにすっかり纏われた僕たちは、「ボールルームへようこそ」「今夜はオドラナイト」などと宣いキャッキャ燥ぐ。


あともう一つ、このピザと遊園地のある思い出深き場所を語るとすれば、ちょっといいとこのレストランでディナーにした時のことがある。メニューはやはりドイツ語なので、写真もなかったので、頃合いの値段となんかポークって書いてあるっぽいという直感で料理を選んだ。出てきたのはギャートルズ然りな、骨付きマンガ肉だった。おいしかった。だが、あまりにも量が多く、少食も祟ったので骨付き食べ残しはお持ち帰りすることにした。ウェイターを頬の横で鳴らす柏手で呼び、「トゥギャザー ボーン(02)」骨と一緒にテイクアウトをしたい旨を伝えた。その骨が子供用テニスラケットのグリップくらいの大きさだったので、何かに使えそうだと思って欲しかったのだ。銀紙に包んで持ってきてくれたウェイター、ジャーマンマザーなおばさんに「ダンケシェーン」謝意を伝える。集団行動といい旅夢気分とでハイになった俺達の気に当てられちまったらしいおばさんは、ネイティブを偽るように滔々と操る僕のドイツ語の「とても美味しかったです!」をにこやかなコーラスで矯正してくれた。帰国後、骨についた肉片や軟骨を取るため、プランターの土に埋め、微生物たちに綺麗に完食してもらう。だが、それがとんでもないことになった。朝目を覚ますと、寝耳が五月蝿い。某有名You Tuberよろしく、ブンブンと羽虫の舞う音がする。ご機嫌な朝にとんだご挨拶だ。原因は土に埋めた骨を糧に、蝿が錬成されてしまったためだ。これは大変なことだ。1匹や2匹ではなく、うじゃうじゃとそこかしこ飛び、コレクションの絵に止まり、照明に体当たり。当時は何故、蝿がいっぱい湧き出たのかわからなく、それから1週間程無双の上、元凶を絶つに至った。


美術の思い出を1つ語るとしたら、近代美術史の巨匠たちを詰め込んだ、ハッピーセットみたいな部屋を持つ美術館があった。どこだったかなあ。正に大ボス然。部屋というより白亜で囲んだ体育館のような広さだ。感嘆の絶叫を吐露してしまいそうだ。実際には「うわー、すごいなあ。」とロスコを横目に、ポロックを尻目にぼやいていたな。浮かれた拍子に滑って転んで、ジャッドの角に頭ぶつけておっ死んじまったら、ダーウィン賞でも取れるだろうか。


私の拙い駄文で綴る紀行も、もう暫くで終わらせたい。そういえば、僕の買ったベルリンの壁は、赤と黄色のグラデーションに黒線が走るジャーマニーカラーの壁だ。ベルリンの小から大まで至る所のスーベニアショップを回って探して手に入れたレア物だが、買ったのは意外なお店だった。カイザー・ヴィルヘルム記念教会と噴水の有る広場の隣(この広場でモーガン・フリーマンによく似た人を見かけた、背がもう1回り大きかったら本人だと錯覚していただろう)、ちょっと大きい複合商業施設の中にあるロック系のレコード屋。レジに居る大人しそうな店主のおじさんが、店の奥で物色する常連客と俺を挟んで遠いのに小声で歓談しているようなお店。あと寒いのにAC/DCのアンガス・ヤングみたいな短パン履いたおっさんが来るような。入り口の角に追いやられたキャスター付きショーケースにそれはあった。あ、ベルリン市民は優先して“いい壁”を所有できるんだなと思った。でも、よく見ると壁の左上に€9.5のシールが張ってある。もしやコイツが売っているのか?!こんな上級品が買えるとは俄には信じ難いが、手に入るなら僥倖だ。しかも、€9.5は他のショップより数€安い。先行していい壁を手にしたウキウキの甲斐性なしは言っていた、「俺よりいい壁を手に入れてみろ」。